ここでは、川西の小学校を卒業し、現在様々な分野で活躍されている皆様に、川西で過ごした、小学校時代を振り返って、懐かしい想い出を語っていただいた模様をレポートしていきます。

 さて今回2ヶ月ぶりの第2回目にご登場頂きます方は、昭和10年1月に川西小学校の敷地内にて森田書店を開業された初代森田伊蔵さんの孫の3代目店主、森田彰さんです。大学生の頃より家業を手伝い、卒業後、そのまま、祖父・父と共に森田書店を現在までに築き上げられた方。書籍にどっぷりとつかり、川西小学校前で子供達の移り変わりを永年に渡り見続けられてきた森田さんの少しユーモラスな話をお伺いすることができました。



まずは、すぐに思い出せる川西小学校でのエピソードは何でしょうか?

『う〜ん、この歳になるとうまく浮かんでこないなぁ〜』
  と言われて20秒程が過ぎたでしょうか・・・
『あっ、そうそう。その当時にしては珍しいベレー帽をかぶって通学していたハイカラ娘の西辻さんがいたなぁ。学校近くの市場でご両親が八百屋さんを営んでいたお店の子供で、品のあるべっぴんさんでしたよ。中学校は確か梅花中学校へ進学したっけなあ。女優:由美かおるになってデビューした当時は、幼さが残りながらのナイスバディでしたし人気者でしたね。』
   今ではドラマ水戸黄門にはかかせない大女優として歳を重ねられても若々しく魅力的な女性です。ベストスタイル維持の第一人者とも言われている西辻さんに次回はインタビューなぞできれば幸いなんだけど・・・残念ながらコネクションがないので無理かな・・・
由美かおるさん!!もしこのホームページを見られたら、ご一報下さい!東京でも京都太秦の撮影所でもどこへでも参りますので宜しくお願いします!少し編集サイド寄りの話になってしまい申し訳ございません。では話題を森田さんに戻しまして・・・
『僕らの小学校時代は、蒸気機関車がちょうどカーブにさしかかる前に警笛をやたら鳴らしたんですよ。学校裏の現在のプールのあたりに校舎があったのでそこから直線なんだけど授業中にポーポー・ピィーピィーとうるさくて国鉄に文句を言いに行った先生がいて、その後は少し控え目に鳴らすようになったんですよ(笑)』

学校行事での思い出などございますか?
『えぇえぇ。ありますよ色々。 小学校6年生の時、猪名川が増水して決壊し小学校の校庭にどっさりと水が入り込んできて、近所の家も床下・床上浸水して講堂が避難場所になった事があり、先生たちと一緒に猪名川の河原へ天秤棒とカゴをかついで小石を集めて校庭に敷き、その上から土をかぶす作業をしなければならなかった事、何かすごく記憶に残っているなぁ。何故そんなことをするのか訳も解らずやってましたよ。ただただしんどかった。』
  いろんな意味で勉強に勤しまれていたのですね。大変な時代です。
『それと秋の大運動会での入場式ですか。全校生徒数1600人が入場行進するんですが、考えてみてください。最後のクラスが入場するまで皆ずっと待ってる訳ですよ。所要時間はご想像にお任せします。それで昼食はみんな自分の家族がゴザを引いて陣取っている場所を必死で探して人の波をかきわけて行くんです。校庭の裏の方まで人でいっぱい。その中で当時はちっともめずらしくない松茸を七輪で焼いておかずにして食べている家族もありましたよ。その後、夕方まで地区対抗リレーがこれまた永遠とあり、終わるのはすっかり夕暮れだったと記憶しています。
 あとは、修学旅行ですかね。伊勢ですよ私たちの時代は。外宮・内宮を見て 二見の夫婦岩。定番の枕投げも目一杯しましたよ。おみやげの三角ペナントも忘れず、赤福餅も忘れず買って帰りました。おやつの金額がいくら迄だったか忘れてしまいましたが、「ハリスのガム」「グリコのキャラメル」を持っていったかなぁ。 』
  現在は沖縄に北海道、広島、富士山など様々な場所が選べる時代ですが、当時は必ず伊勢でした。ハイ。


担当の先生や学校の施設についてご記憶されていることは?

1 小学校の中に川西幼稚園があって夜はそこが定時制高校の校舎でもあった(32ヘェ)
『小学生の私は、高校生(大人)用の机とイスで勉強していたので いつも足をぶらぶらさせていたなぁ』
2 夏の水泳の授業は、猪名川であった。(15ヘェ)
『昔の猪名川は流れが激しかったので、ほとんど泳いではいないが、 卒業後プールが完成したので、プール券をもらって、中学生に なってから泳ぎはじめましたよ。』
3 小5、小6の担任 柏原先生は、毎朝小テストをした(21ヘェ)
『個人のスキル別にテスト問題を変えて実施していた。 豊中市に負けない優秀な生徒がたくさん増えました。』
4 学校の旧プールのそばのハチの巣を壊して幼虫を食べていた。(5バカ)
『ハチの子はうまいが、顔を刺すハチはまずかったです・・・!?』




『初代森田伊蔵が38歳の時、伊丹の森田書店が親戚であった為のれん分けしてもらい、現在の川西小学校の敷地内に店が建てられたんです。のんきな時代だからこそですが。その後、学校の新築に伴い、正門前に社屋をそっくり移動させたんです。家ってコロみたいなのでゆっくりとひっぱると動くんですね、驚きました。戦前開業当時、川西には2店の書店しかなく、自転車で猪名川町や西谷あたりまで教科書を届けに行ってたらしいです。仕入れも大阪まで自転車で注文の本を買いに行ったりと2代目父の勇も自転車での外商でがんばっておりました。
 昭和28年頃だったと思いますが祖父に連れられてリヤカーを引っ張り国鉄の川西池田駅へ木箱に入った書籍を何度か取りに行っていた記憶があります。その木箱をバラして風呂の薪に使っていましたよ。
木の燃える音とその匂いが、セピア色の空に立ちのぼる煙と共に祖父の背中のにおいとして懐かしく思い出します。』
 学校教材を売る森田書店に宿る信用は、今後も守り続けられる事でしょう。そして4代目が川西小学校前の本店とアステ川西の支店で活躍する姿も間もなく見うけられるようになることでしょう。本日はありがとうございました。 〈インタビュー:T〉
 
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