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教科書は修身、国語、算術、書き方、図画などがあったと思う。並んで本を買った記憶があります。一年の国語の本は黒の表紙(うすねずみ色表紙)で、ハタ、タコ、コマ、ハナ、ハト、マメ、マス、ミノ、カサなども出ていて、絵が画いてありました。一年は片仮名で、二年生から出てきた平仮名はむつかしい字だなあと、思いました。 |
教科書
明治43年〜大正6年(上)
大正7年〜昭和7年 (下)
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ノートは石版で、鉛筆の代わりをしたものはろう石で、鉛筆状に四角で先がとげてあった。文字の練習はこれでやった。拭き物はラシヤの布を丸めてくくったものでした。しかしなかなか消えなくて困ったものです。 |
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わら半紙のノートもあり、使ったのは算術の時くらいで、消しゴムなどなかったから、つばで消すと紙によく穴があいたものです。綴り方(作文)は小筆で墨書きでした。 |
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体操は時間としてとってあったが、体操時間らしいものはありません。走ったり、川原へ遊びに行ったりしていました。跳箱や鉄棒などをやったのは高等科になってからでした。 |
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女の子はおこしをまいていて、体操らしいものはできませんでした。 |
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遊び時間には回旋塔をよく取りあいしました。男の子が主でしたが、危険で、落ちて大けがをし、いまだに傷あとが残っている人もあります。 |
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図画は教科書があり、立体型をだすため影の勉強もしました。 |
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唱歌室(音楽室)が柳の校舎にありました。楽器でなく口うつしの勉強で、オルガンはあったがひいてくれない先生がたくさんいました。 |