今年川西市は、市制50周年を迎える記念の年にあたります。e-kawanishiホームページでは、市制50周年を記念して、「川西小学校物語」と題し川西小学校の歴史を辿りながら、様々な角度から川西の昔の姿をお届けしてまいります!
 川西小学校は、126年の古い歴史を持ち、川西の中でも最も歴史の古い小学校のうちの一つです。学校の創立からの歴史を辿りながら、その歴史と共に変化してきた地域の様子や、川西小学校の出来事等を、「創立百周年記念誌 川西小学校百年のあゆみ」 に基づきお届けしてまいります!また「小学校懐かしの想い出」のコーナーでは、川西の小学校を卒業されたOBの皆様に、インタビューにて小学校時代の想い出を語って頂いています!
 川西に生まれ育ち地元をよく知る方も、川西へ新しく越してこられた方も、また、故郷川西を離れ、全国各地でご活躍されている皆さんも、懐かしい小学校時代を振り返りながら川西昔物語をご覧下さい!

進駐軍来校の声におびえて
  終戦後占領下当時に予告なしに連合軍の進駐兵が自動小銃などをもって検察に近隣の学校にきたとの情報におびえ、本校でも青年学級で使っていた模擬銃、ナギナタ、木刀などの武器類や軍国調の教科書・参考書・写真・掛軸にいたるまで運動場の東北隅に集め消却したのであった。
しらみDDT
 
終戦直後は物資の不足がおびただしく、環境衛生面にいたっては現在ではとうてい想像出来ない状態であった。身辺を清潔にする余裕はなく、とくに女子児童の頭髪にシラミが見られるなど非衛生きわまったが家庭では酢で洗う程度以外に方法はなかった。本校では昭和22年7月11日全校児童にDDTを散布したことが記録に残っている。児童の頭髪や衣服に直接白い粉をふりかけてのシラミ退治は、現代っ子には想像も出来ない夢物語といえよう。当時住居内にノミの発生が多かったことはいうまでもない。

教科書の墨ぬり
 敗戦とともに教育も軍国主義から民主主義教育へ大きく転換した。終戦から1ヶ月たった9月15日、文部省は『新日本建設の教育方針』の中で「教科書は新教育方針に即応して根本的に改訂を断行しなければならないが、差しあたり訂正削除する部分を指示して教授上遺憾なきを期することとなった」と述べ、さらに同年末には国史・修身・地理の3教科を停止し、翌21年2月から教科書の回収がはじまった。
  国民学校の教科書は「国体の本義」「臣民の道」を基調にして日本民族の優秀性を誇示し、国家主義・軍国主義を強くだして戦意の高揚を図っていた。それだけに米国政府は日本の教科書を「軍国主義・国家主義的観念を執拗におりこんで生徒に課し、かかる観念を生徒の頭脳に植え込まんが為のもの」ときめつけ、とくにその内容のひどい修身・国史・地理を全部回収させたのである。
  しかし、それらの教科書を急に切りかえることは至難であったので、軍国色の強い個所はこれまで教えてきた教師が指示して、教えをうけた児童が自分の手で墨を塗るという作業が進められた。今まで絶対に正しいと信じ、落書きもしなかった教科書を墨で塗りつぶしたのである。なお回収された教科書は製紙工場へ送られ、新たに発行される代行の教科書の用紙として使用された。


(墨ぬりされた教科書)

ザラ紙の教科書とくにのあゆみ
 代行計画によってつくられた教科書は、新学期にまにあわせて印刷された。それは用紙事情が極度に悪化していたことを反映して、粗末な分冊折りたたみのものであった。新聞紙大のザラ紙に印刷した1冊分を児童が八つに折りたたみ、自分で製本するという粗末なものであった。装丁もなければ仮綴じもなく、およそ教科書とよべるような品物ではなかったのである。
  21年8月ようやく表紙のついた歴史教科書『くにのあゆみ』が発行され、敗戦とともに停止されていた歴史や地理などの授業は、昭和21年10月ごろから再開された。終戦直後に文部省から発行した教科書は『くにのあゆみ』(国民学校用・新制中学校用)『日本の歴史』(中学校用・新制高等学校用)『民主主義』(中学校用・新制高等学校用)などであった。いずれも写真印刷など不鮮明なものが多く、ページ数もきわめてうすかった。これらの教科書は昭和26、7年ごろまで使用された。


(ザラ紙に印刷された『ヨミカタ』の教科書)

教育基本法と学校教育法
 昭和20年8月の終戦はわが国の政治経済文化および生活の全般に、いまだかって見なかった著しい変化をきたした。新しい教育体制をつくるために根幹となったものは学校制度の改革であった。昭和22年3月に教育基本法と学校教育法とが公布され、新しい学制が実施されることとなった。教育の基本方針は従来なんらの法規にも掲げられていなかったが、教育基本法はこれを法律によって決定した。これは教育の根本となるものが国会において定められるという新しい方策をしめしたものであり、学校教育法は学校の制度体制を決定したものであるが、これも国会において法律で定められ、従来の学校に関する基本的な規程が勅令によっていたのを改めた。
 昭和22年4月から発足した新学制の内容面の特色は@国民はだれでもひとしく能力に応じて教育が受けられるという教育の機会均等A6年制の小学校につづく中学教育を3年制の高等学校にし、4年制の大学へ結ぶ学制の単純化B3年制の中学校を含めて義務教育を9年にした義務教育年限の延長C高等教育の普及と大学の門戸を広く開くとともに大学院を新学制の頂点として明確に制度化したことである。
 教育基本法はその第1条には人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神にみちた心身とともに健康な国民の育成を期しておこなわなければならないとしめし、第2条には教育方針、第3条には教育の機会均等、第4条には義務教育、第5条には男女共学、第6条には学校教育として、法律に定める学校は、公の性質をもつものであって、国または地方公共団体など法律に定める法人のみがこれを設置することができるなどの諸点を明らかにしたほか、社会教育・政治教育・宗教教育・教育行政などを明記したものである。
新しくできた社会科
 小学校の教科の種類をみると、国民学校当時の修身(公民)・日本歴史・地理の3教科がなくなり、新しく社会・家庭・自由研究が教科として加えられた。とくに社会科の誕生は、この新教育課程の中でもっとも大きな特色をしめすもので、児童が自分たちの社会に正しく適応出来るように、またその中で望ましい人間関係を実現していけるように、さらに自分たちの共同社会を進歩向上させるとともに、社会的態度や能力を養うことを目標としたものであった。


新制中学校の誕生
 新制中学校は昭和22年4月に発足した。当時1町村に1中学校の建設であり、川西町立川西小学校卒業者が進学する川西中学校は昭和22年4月22日、栄根字川原34番地(栄根1丁目1番1号)の川西小学校北校舎を仮校舎として開校したが、2年後の24年4月25日、川西市小戸字大塚2番地(松ヶ丘町1番1号)に建設の新校舎に移転した。そのころ、俗にいう大塚山は松のみどりにつつじの花咲く景勝地であり、その山上の建物は威容を誇った。北は滝山から南は久代まで町内の生徒はこの山道を登下校したのである。
 このほか多田村に多田中学校、東谷村に東谷中学校が時を同じくして開校して六・三制の義務教育が定着したのであるが、川西中学校では昭和25年11月3日、文部省から優良施設校として表彰を受けたのである。


(昭和24年に建設された川西中学校)

保護者会の設立とその役割
 昭和2年4月20日付で川西尋常高等小学校保護者会発企者総代広末恒太郎(当時の川西町長)名による創立総会を開催する案内状が関係者に発送されている。それによると、児童の教育を進めるためには保護者が一団となって学校教育を援助し、児童の学習を奨励することはたいせつなことである。この趣旨から保護者各位・有志各位の賛同を得て、多数の参加を得たいと願っている。
 同年4月23日午後2時から本校講堂において、約四百名が参加して創立総会が開催された。そこでは会則を決定し組織に関する審議がおこなわれた。その会則によると@懇談会を開いて家庭との連絡を図ることA機関紙『川西教育』の発行B学業・体育の奨励に関する事業や施設を補うことC教職員・児童・保護者の弔慰・謝恩に関することなどをあげている。
保護者会からPTAへ
 
保護者会は、戦前から戦後にわたりあらゆる欠乏生活をしのびつつ学校への支援をおしまず、子供のために教育の場を守りとおしていた。物資が不足した当時におけるその充足や労働奉仕の提供による努力は偉大であったが、その組織は敗戦による占領国軍の命令によって大きく転換したのである。
 川西小学校保護者会もPTAにかわったが、しばらくは保護者会を存続したまま二本建ての運営がつづけられ、六ヶ月後総会を開いて意見を開いたのち保護者会は発展的解消してPTAに一本化した。
新しく生まれたPTA
 
昭和22年11月公職に関する就職禁止令により、戦争の指導的立場にあった人たちを公的指導にあたる職から除外したいわゆる公職追放が実施された。当時保護者会からPTAに移る組織づくりをつとめていた保護者会山田良一会長は、陸軍将校であったため会長を勇退し、PTA初代会長には石井佐市氏が選ばれたのである。その後も永年にわたり、極度に悪化した日本の経済事情による地方財政の窮迫から、以前の歩みを本筋にもどすことは至難であり、老朽校舎の整備をはじめとする学校教育施設や教具の整備充実などに主力を注いだ結果、学校施設は急速に整備された。それは本校の実例からも明らかであり、PTAが学校の復興に大きく貢献した結果はけっして見のがせないものである。



 
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