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柳の木が倒れました。 |
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それが不思議なんですね。実は四十七年三月に卒業する六年生が彼岸の中日の三日前に第二世として柳の老木のそばに柳の若木を卒業記念樹として植えました。三日彼岸の中日、当日は終日春の嵐でしたが、お昼前に大音響と共に老木が根本から倒れたのです。祝日でしかも雨降りでしたので子供はいませんでした。このことを聞かれた加茂さんは川小のシンボルの一片なりとも何らかの形に留めて残したいと堅い木を苦労して輪切り作業の後、一年がかりで風雪百年と自書した衝立をつくられました。それは現在校長室に保管されています。
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柳の木のことなんですが、体育館を建てるとき、日照権問題で大変でした。 |
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柳の木は川西小学校のシンボルですので講堂西側の柳は何としても残したいと当時育友会役員の方々が大変ご苦労なさって現在残っているわけです。
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加茂小が分離するとき四年生を先頭に子供を送ったときは涙が出ました。 |
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川西小学校は昔からこの辺の中心校であり、連合運動会でも川西・川辺の代表として大変強かった。 |
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運動会で思い出しますが、終戦直後さつまいもの寄附があってPTAがふかして児童にくばったことがありました。 |
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子供に喜んでもらったことですが、プールが今のように良くなったときに、古田会長さんらの苦労で鮒が放流され、鮒つり大会は全校生に大変喜ばれました。 |
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中庭にも池が出来てたくさんの鯉がいます。 |
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南校舎も高校の分離でなくなり、思い出の建物がなくなりました。今はこの本館だけですね。 |
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南校舎のヒマラヤ杉などそのまま残っていますね。 |
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姿は大変かわってきまして、昔のなつかしいものが少なくなってきました。でも、年々施設などが多くの方々のお骨折りで充実してまいりました。百周年を期に今後のより発展を祈りたいです。 |
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楽しかった。また会いましょう。 |